「猫の宿命」とまでいわれる慢性腎臓病を治せれば、30才を超えて生きる日も夢ではないかもしれません。治療薬の開発を目指して研究を続ける一般社団法人AIM医学研究所所長を努める宮崎徹先生によれば、猫が腎臓病になってしまう原因は、体内のゴミ掃除の役割を担う「AIM」が働いていないことだそうです。愛猫を腎臓病から守るために飼い主ができる健康維持の方法についてうかがいました。
猫は若くても腎臓病になってしまうって本当?
慢性腎臓病とは、腎臓が担っているゴミ(死んだ細胞や有害物質など老廃物)の排出や水分の調整の機能が徐々に失われ、重篤な症状を引き起こす病気です。猫が慢性腎臓病になりやすいことは飼い主さんにもよく知られています。高齢期に見つかることが多い病気なので「シニアになったら腎臓病を発症する」と思っていませんか?
「ほぼすべての猫は、生まれたときからじわじわと腎臓が悪くなっています。子猫のころから慢性腎臓病が進行していると言ってもいいかもしれません。発症率が人や犬では数%なのに対し、猫は100%に近く発症し、しかもライオンやチーターなどのネコ科の動物も同様に突出して高い発症率を示します。住んでいる環境や食べている物に関係なくほとんどすべての個体が発症することから、私は慢性腎臓病がネコ科の遺伝病ではないかと考えています。もし猫が慢性腎臓病にならなければ、本来の寿命まで、もしかしたら30才近くまで生きられるはずです」(宮崎先生)
いつの間にか進行してしまう慢性腎臓病
慢性腎臓病のステージはクレアチニン(老廃物の一種)の濃度や尿比重(尿に含まれる水分と老廃物の割合)などで分類されますが、猫に現れる症状を当てはめると下記のようになります。腎臓は大半の機能が失われるまで見た目ではっきりわかる症状が現れにくいため、気づかないうちに進行してしまいます。
「子猫のころから腎臓の機能が低下していくものの、『ある日突然、悪くなる』と思っている飼い主さんも少なくありません。慢性腎臓病は残された機能によって4つのステージに分類されていますが、ステージ3までは元気に過ごせることが多いからでしょう。
ステージ4に移行した途端に具合が悪くなり、動物病院を受診して腎臓病と診断されることが多いので、あたかもそのときに病気が始まったかのように誤解が生じるのだと思います。ステージ4は人で言えばすぐ透析療法をしなければ亡くなる段階で、慢性腎臓病としては末期なのです。
取り返しのつかない段階になる前に対策を打てるように、猫の飼い主さんは若いころから動物病院で血液検査を受けさせて、自分の猫がどのステージにいるのか正確に知っておくことがとても重要だと思います」(宮崎先生)
腎臓病の原因は「水を飲まない」以外にもある?
猫が慢性腎臓病になる原因は長い年にわたって不明とされてきましたが、よく挙げられる3つの理由を宮崎先生に考察していただきました。
(1)水をあまり飲まないので、脱水の状態が続いて腎臓に負担がかかっている
「水を飲まないこともリスクの一つにはなると思います。水を飲んだほうが体内のゴミ(老廃物)を排出しやすいので、慢性腎臓病の進行を遅らせる可能性はありますが、発症の根本的な原因ではないと考えます」(宮崎先生)
(2)少ない水分を有効利用するため、尿を凝縮する過程で腎臓に負担がかかっている
「人や犬に比べて腎臓の構造は独特ではありますが、すべての個体が腎臓が悪くなるほど、凝縮の際に負担がかかるような形状ではないと考えます」(宮崎先生)
(3)高齢になるにつれて発症が増えるため、老化の一種である
「人や犬でも老化はしますが、すべての個体が腎臓病になるわけではないので、猫の腎臓病を単に老化の一つととらえるのは間違いでしょう。猫は体内のゴミがうまく掃除できないので、生まれたときからゴミが溜まり続け、腎臓が徐々に破壊されていく。そして正常な部分が残り少なくなった高齢期に末期症状が現れてくる、と考えるほうが正しいと思います」(宮崎先生)
猫の腎臓病や治せない病気を治す鍵となる「AIM」の働き
なぜ、猫は慢性腎臓病になってしまうのでしょうか?宮崎先生の研究で根本的な原因が明らかになってきました。
「慢性腎臓病の原因は意外なほどシンプルです。体内のゴミ掃除ができるかどうか。生活していれば家にゴミが出るように体内にもゴミが出ます。放置すれば汚れたり傷んだりする、つまり体は病気になるわけです。
人や犬には効率よくゴミ掃除を行うための『AIM』というタンパク質が働いて、体内をきれいな状態に保って病気にならないようにしています。ところが猫は『AIM』が働いていないので、生まれたときからゴミが溜まり続けてゴミ屋敷のようになり、病気になってしまうと考えられます」(宮崎先生)
「猫を含めたネコ科の動物はAIMが活性化しない(AIMがIgM五量体から離れない)遺伝病と考えられます。そうした「働かないネコ(科)のAIM」が進化の過程で「働くAIM」に修復されなかった理由は、慢性腎臓病の場合、生殖年齢の4~8才くらいではほとんど症状も出ず元気なので、病気のせいで子孫が絶えるわけではなかったからでしょう。動物の場合、進化の最大の優先順位は、繁殖に影響のある遺伝子だと思いますので」(宮崎先生)
飼い主が腎臓の健康維持のためにできること
宮崎先生はAIMが猫の慢性腎臓病の非常に重要な根本原因の一つであると考え、AIMを活性化させるペットフードの開発に協力しています。猫はAIMを人や犬以上に持っているので、ゴミ掃除ができるようになれば慢性腎臓病のリスクを減らせる可能性が高まります。
「AIMを活性化させる成分『L-シスチン』を含んだペットフードを若いころから食べていれば、少しずつでもゴミ掃除ができ、腎臓の保護に役立つと思います。猫と飼い主さんに少しでも早く届けるために一般の総合栄養食やおやつ、サプリメントを開発しました。これらは腎臓病療法食に切り替える段階ではない猫に適しているフードです。来年にはさらに一歩進んだ食事療法食をお届けできるように開発を進めています」(宮崎先生)
2027年の実用化を目標に治療薬を開発中
多くの猫の飼い主さんの支援を得て、宮崎先生は猫の慢性腎臓病の治療薬を世に出すための「IAM CAT」という会社を設立しました。
「効果や安全性を確認するための治験薬ができ、間もなく治験を始められる段階です。治験を1年半から2年程度で終えたあと、農林水産省による審査がどのくらいの期間がかかるかによりますが、なんとか2027年前後には治療薬を皆さんに届けることを目指してがんばっています」(宮崎先生)
宮崎先生の原点は、医師として「治せない病気を治したい」という思い。本記事では猫の慢性腎臓病に焦点を当てて解説していますが、AIMによって人間も動物もさまざまな病気を予防・治療する可能性が見えてきました。愛猫と共に本来の寿命まで生きられる日は遠くないかもしれません。