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【獣医師監修】猫伝染性腹膜炎(FIP)とは?原因や症状、予防法も

猫の不治の病ともいわれている「猫伝染性腹膜炎(FIP)」。診断や治療が難しく、猫の感染症のなかでも特に注意が必要な病気です。今回は、猫伝染性腹膜炎(FIP)の原因や症状をはじめ、検査や治療法、予防法などについて解説します。

荒木 陽一 先生

 獣医師
 プリモ動物病院 練馬院長

 東京農工大学農学部獣医学科(現 共同獣医学科)卒業

●資格:獣医師

●所属:日本獣医がん学会

●主な診療科目:一般診療(外科・内科)、救急診療、腫瘍科

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猫伝染性腹膜炎(FIP)はどんな病気?

かごに入った猫
getty
まずは、猫伝染性腹膜炎(FIP)が、どのような病気なのかを見ていきましょう。

猫伝染性腹膜炎(FIP)の発症原因

猫伝染性腹膜炎(FIP)の原因となるのが、「猫コロナウイルス」です。猫コロナウイルス自体は、複数飼いの猫なら80~90%、一匹飼いの猫なら30~50%程度感コロナウイルスに対する抗体をもっているといわれるほどありふれたウイルスで、感染しても無症状のまま回復するケースが多い病原性の弱いものです。

しかし、何度か感染するうちに猫の体内で突然変異を起こし、強い毒性をもつ「猫伝染性腹膜炎ウイルス(FIPウイルス)」へと変遷することがあります。この突然変異したFIPウイルスが単球やマクロファージに侵入し、血管やリンパ管から全身にいきわたることで、猫伝染性腹膜炎(FIP)を発症してしまうといわれています。

猫コロナウイルスは乾燥した排泄便のなかでも約7週間は生き残るといわれており、完全にウイルスを根絶するのが難しいので注意が必要です。

なお、「猫コロナウイルス」と、2020年より世界的に蔓延している「新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)」はまったく異なるものなので、混同しないよう気をつけましょう。

FIPウイルスの発症率や潜伏期間は?

猫コロナウイルスがFIPウイルスへと突然変異をする原因やタイミングは未だ解明されておらず、どれだけの確率で発症するのかはわかっていません。

なお、猫コロナウイルス感染から6~18ヶ月あたりが最もFIPウイルス出現のリスクが高く、短くて2~3週間、長くて数ヶ月~数年の潜伏期間があるようです。

猫伝染性腹膜炎(FIP)の致死率

猫伝染性腹膜炎(FIP)の致死率はほぼ100%といわれており、ひとたび発症すると数日~数ヶ月以内で亡くなってしまうといわれています。ただ、猫の年齢や治療状態によっては発症しても長く生存することがあり、発症後2年以上生存したというケースも報告されているようです。
猫伝染性腹膜炎(FIP)の特徴や致死率については、こちらの記事も参考にしてみてください。

「FIPが完治」の報告例もある?

まれにブログなどで、「FIPが治った」という報告があげられることがあります。本当に完治したのなら嬉しいことですが、このようなケースは生検やFIPの特殊検査をしていない場合がほとんどです。

つまり、FIPによく似た症状を発症していたものの、FIPの診断が確実ではなかったということです。実際に「治った」と報告されるケースでも、確定診断まで進んでいなかった場合が多いようです。

発症しやすい猫はいる?

猫伝染性腹膜炎(FIP)の傾向としては、子猫や1~3才の若い猫が発症しやすいといわれています。また、猫コロナウイルスは感染した猫の排泄物などからもうつるため、少しでもほかの猫と接する環境にいる猫は、感染・発症するリスクは高いといえるでしょう。

なお、過去の症例から、雑種猫よりもベンガルやアビシニアンなどの純血種の猫のほうが、感染リスクは高いと考えられているようです。ただ、メカニズムが解明されているわけではないので、この年齢や猫種で必ず発症するというわけではありません。

猫伝染性腹膜炎(FIP)で見られる症状

寝そべる猫
getty
猫伝染性腹膜炎(FIP)の症状は、「ドライタイプ」と「ウェットタイプ」の2つに大別されます。それぞれの特徴を見ていきましょう。

ドライタイプ

ドライタイプは成猫に多く見られるタイプで、発症するとさまざまな臓器に肉芽腫や結節状の病変(塊)ができるという特徴があります。塊ができた場所によって症状は異なりますが、主に以下のような症状が見られます。

  • 神経症状(旋回・眼振・発作・起立不能・知覚過敏など)

  • 眼科症状(ぶどう膜炎・虹彩炎・眼球の白濁・緑内障など)

  • 腸間膜リンパ節腫大

  • 皮膚のできもの など

そのほかにも、肝臓や腎臓、すい臓の障害なども報告されています。

ウェットタイプ

ウェットタイプは子猫に多く見られるタイプで、発症すると血液中のたんぱく質が血管の外に漏れ出し、胸腔や腹腔に体液がたまるという特徴があります。主な症状としては以下のとおりです。

  • 腹水(腹部がパンパンに膨れる・膨満感)

  • 胸水(胸部が張る)

  • 心嚢水(心臓の膜に水がたまる)

  • 陰嚢水(精巣鞘膜にたまった水による陰嚢拡大)

  • 副鼻腔炎 など

膨らんだ腹部や胸部で臓器が圧迫されることにより、心拍数や呼吸数の増加などが見られます。重度になると呼吸困難に陥る場合もあるので注意が必要です。

共通症状や複合型が見られる場合も

ドライタイプにもウェットタイプにも、以下のような共通症状があります。

  • 発熱

  • 食欲不振

  • 元気消失

  • 体重の低下

  • 黄疸

  • 下痢・嘔吐 など

また、便宜上2種類にわけられていますが、猫伝染性腹膜炎(FIP)には複合型やどちらにも分類できない中間型も多いとされています。最初は片方だけの症状だったのに、時間が経つにつれてもう一方の症状が出てくるケースも珍しくはないようです。

猫伝染性腹膜炎(FIP)の診断・治療法とは

猫の横顔
getty

猫伝染性腹膜炎(FIP)の検査・診断方法

猫伝染性腹膜炎(FIP)は診断が難しい病気のため、獣医学的背景や検査結果などから総合的に判断する必要があります。

まず、猫の病歴や飼育環境などの確認とともに血液検査や超音波検査などを行い、猫伝染性腹膜炎(FIP)の条件と一致する点がないかを確認します。その後さらに、以下のようなタイプごとの検査を行います。

ドライタイプの検査

問診や血液検査を通して、4日以上の発熱や黄疸、神経や眼球の異常、腸間膜リンパ節の腫大など、ドライタイプの症状が多く確認された場合は、病変組織を用いた特殊検査(生検)を受けることになります。

ただ、検査に使う病変組織は腹腔鏡手術を行って採取しなければならないため、猫の体に負担が大きいという欠点があります。猫の体調面や金銭的負担を考えて、特殊検査を行わないケースがほとんどのようです。

ウェットタイプの検査

ウェットタイプの診断については、腹水の分析を検査センターに依頼し抗体価の測定や、遺伝子検査などを実施し、特徴的な臨床症状なども併せ、総合的に診断します。
猫伝染性腹膜炎(FIP)を診断するためには、症状など総合的に判断し、前述した検査と同時に以下の検査も行われることがあります。

  • 猫コロナウイルスPCR検査

  • 細胞診を用いた遺伝子検査

  • コロナウイルス抗体価検査

  • リバルタ反応

  • 蛋白分画 など

猫伝染性腹膜炎(FIP)の治療法

猫伝染性腹膜炎(FIP)は診断方法と同じく、明確かつ有効な治療法は確立されていません。現状では抗生物質や抗炎症薬、ステロイドやインターフェロン、オザグレルなどを使った、投薬治療が主な治療法とされています。

しかしながら、これらの薬は症状の緩和などには一定の効果があるものの、症状を回復させたり病気の進行を止めたりすることはできません。特に子猫のときに猫伝染性腹膜炎(FIP)と診断された場合は、命にかかわる難病という覚悟が必要となります。

新たな治療法を試す動きも

現在でも特効薬の開発には至っていませんが、新たな治療薬や治療法を試す動きも出てきています。なかには、症状の一時的な消失が認められたとの報告があげられた治療法もあり、今後の研究が期待されます。

FIPの治療(診療)にかかる費用は?

症状や進行度合いで治療法が異なるため一概にはいえませんが、猫伝染性腹膜炎(FIP)を含めた、猫が発症する主な病気の平均診療回数や費用は、以下のとおりです。
傷病名1頭あたりの年間診療回数1頭あたりの年間診療費(中央値)1頭あたりの年間診療費(平均値)
慢性腎臓病(腎不全含む)15.0回71,517円272,598円
膀胱炎3.0回12,852円45,741円
胃炎/胃腸炎/腸炎2.2回8,748円36,334円
心筋症6.6回50,933円164,135円
結膜炎(結膜浮腫含む)1.7回5,368円18,647円
原因未定の外耳炎2.7回7,560円28,166円
糖尿病14.0回122,319円321,831円
原因未定の皮膚炎2.2回6,480円24,592円
尿石症3.4回14,256円82,175円
歯周病/歯肉炎(乳歯遺残に起因するもの含む)2.6回20,196円71,061円
膵炎9.0回54,714円209,220円
鼻炎/副鼻腔炎/上部気道炎2.7回7,639円39,019円
甲状腺機能亢進症8.5回60,588円191,908円
猫伝染性腹膜炎・FIP4.8回40,360円117,439円
膀胱結石4.0回21,596円122,033円
便秘(巨大結腸症含む)3.4回10,021円59,061円
※アニコム ホールディングス株式会社「アニコム 家庭どうぶつ白書2019」(https://www.anicom-page.com/hakusho/book/pdf/book_201912_2.pdf)より
治療による回復が望めず、進行を遅らせるための継続的治療が必要な泌尿器系の病気などと同じく、有効な治療法が確立されていない猫伝染性腹膜炎(FIP)も、費用が高額になる傾向にあることがうかがえますね。

ただし、上記のデータはアニコム損保に契約した個体で、請求のあった診療費を集計したものです。個体によってはより費用が高額になることも、逆にここまでかからない場合もあるので、あくまでも目安として考えてください。

猫伝染性腹膜炎(FIP)の予防・対策法

膝の上でくつろぐ猫
getty
残念ながら治療法と同じく、猫伝染性腹膜炎(FIP)を確実に予防できる方法は今のところありません。一部の国や地域ではワクチンの開発・限定的な使用が行われているようですが、日本では認可されておらず、有効性も実証されてはいないのが現状です。

そのため、現段階でできる予防・対策としては、以下のようなウイルスの伝染や免疫力の低下を防ぐための方法があげられます。

手洗い・消毒を習慣化する

ほかの感染症にもいえますが、大元となる猫コロナウイルスを愛猫がいる家の中に持ち込まない、伝染させないことがなにより大切です。新しい猫を迎え入れる前にきちんと感染症のチェックを受け、外出先では、病歴がわからない猫に触らないようにしましょう。

また、猫コロナウイルスは化学的な刺激に弱く、アルコール消毒などで不活性化するといわれています。外出後や猫に触る前には、手洗い・消毒することを習慣づけておくことがおすすめです。

トイレを清潔に保つ

前述したように、猫コロナウイルスは排泄便の中でしばらく生き残っているうえ、体内のウイルスを駆逐しきれないと、一生にわたって便とともに排出されることもあります。

なかには、猫コロナウイルスに感染した猫、もしくは猫伝染性腹膜炎(FIP)を発症した猫の便を介したと疑われる感染ケースも報告されているため、猫が排泄したあとはすぐに掃除・消毒をし、トイレを清潔に保つことを心がけましょう。

ストレスの少ない室内環境を整える

どんな病気であっても、病原体の侵入から体を守るためには免疫力が欠かせません。猫の免疫力を低下させる大きな原因にストレスがあげられるため、猫にストレスを感じさせないための、以下のような環境づくりをすることが大切です。

  • フードや水は常に新鮮なものを用意する

  • 日中・夜間の室温管理を徹底する

  • 密になるような多頭飼育を避ける

  • 新しい環境や慣れない環境など、ストレスを感じる生活環境をなるべく作らない

猫を複数飼っている場合は部屋わけの検討も

多頭飼いしている猫のなかにウイルスの感染や病気の発症が疑われる猫が出た場合は、ほかの猫への接触・伝染を避けるためにも、必ず別の部屋へ隔離しましょう。

また、新しい猫を迎えたり、同居猫との相性が合わなかったりすることでストレスを感じる猫もいるので、猫同士の仲が良くないと感じたら、部屋をわけて飼育することも検討してみてください。

愛猫が健康・快適に暮らせる方法を考えることが大切

飼い主さんになでられる猫
Konstantin Aksenov/gettyimages
猫伝染性腹膜炎(FIP)は一度発症してしまうと完治が望めない、猫にとっても飼い主さんにとってもつらい病気です。

大切な愛猫のために、体調に異変が見られたらすぐに動物病院を受診し、ストレスや苦しみがない生活で快適に暮らせる方法を考えてあげましょう。
参考/「ねこのきもち」2016年5月号『防げる?治せる?付き合える?意外と知らないねこの5大感染症』
監修/荒木陽一先生(プリモ動物病院 練馬院長)
文/pigeon
※猫伝染性腹膜炎(FIP)を含む病気の治療費は、アニコム ホールディングス株式会社が公開している「アニコム 家庭どうぶつ白書2019」の猫の請求理由TOP20を参照。
※記事と写真に関連性はありませんので予めご了承ください。
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